私の思っていることが、赤裸々に書いてあります。

アメブロ 「みらいふコーチング」より 抜粋

これは、『勇気くじきの社会をなくしたい』 私の挑戦物語(仮)

会話に含まれる「価値観」 (水, 13 2月 2019)
  先日、服屋さんでジャケットを購入。   接客してくれたお兄さんの、腕時計が素敵だったので、   「素敵な腕時計ですね」と声をかけた。     そしたら、   「高くないですよ」と返ってきた。     会話は面白いなぁとつくづく思う。       私は、「金額」より、     その人の個性が表れている時計だったので、(ちょっと独特な時計)     素敵な個性だなぁと   素敵なチョイスだなぁと   思ったんだけど、     「高くないですよ」が返ってきた。       これは、   私が興味を示したから、   誰でも購入できますよ。と推薦してくれているのか?     相手の謙遜なのか?     何なのか?     面白いなぁと思っていた。  
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動物と人間の心 (Sat, 09 Feb 2019)
    私達人間も、「肉体」っていうものがあり、   その「肉体」に、「人間の魂」が入っているから、   「人間」と呼ばれるものになっているんだろう。     肉体だけを見ていると、   犬や猫、たぬきやイノシシ、その他の動物と何ら大差はないように思える。         例えば、人間と近い二足歩行で「サルの肉体」に、   「人間の魂」が入っていて(①)、     代わりに     「ニンゲンの肉体」に、   「サルの魂」が入っていたら(②)、     逆の立場だったろう。       猿(①)が、「あれは、ニンゲンという生き物(②)よ」って、言っていただろう。           ちょっと、言いたいことが脱線しそうなので、修正しますが、 (無理やり、まとめに向かいます)       私が言いたいのは、     折角、「人間の魂」を貰ったんだから、(万物の霊長としての魂)   心や魂を磨きながら、崇高に生きたいな。     と、いう私の思惑。       動物みたいに、「快」や「不快」を行動基準にしたくないな。       みんなにとって、どうなのか?   100年後の未来にとて、どうなのか?     って、いう「人間だけに与えられた魂や心」で考えたいな。 (←動物は考えないでしょう)     って、いうこと。         もちろん、この問いは       私がこの魂を貰っている限りずっと続きます。         常に、人間らしく生きたいなと思った今朝です。
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入力は大切 (Fri, 08 Feb 2019)
  (今日も、社会的な出来事を見て)       「バイトテロ」があるんですね。     ある寿司チェーンの様子でした。       そう言えば、少し昔にも似たようなことがありましたね。       こういうのを見ていると、     「残念な気持ち」になりました。         でも、最近は、「入力制限」をしているんです。       これを、悪い言い方をすると、         「見ないようにしている」   「目を伏せている」     なんですが…、         何でもかんでも広まる情報化社会で、   全ての情報をキャッチしていると、   流されてしまうと思うんです。 翻弄されてしまう。       自分自身、鬱々としてしまうような気がするんです。       良い情報ばかり、ニュースで流れていたら、まだ良いですけど。     なんか、悪いニュースの比率が多くないですか?     そんな情報を見ていたら、   「心が侵されていること」に気がついたんです。       こりゃ、いかん!   いかんぜよ。       TV(情報の波)は、禁止じゃ!!!       ということで、私は情報の鎖国中です。笑     それでも、外側の情報は入って来ますが。 (妻が見るから(笑))     自分の心の中で「入国審査」をしています。           自分の大切にしたい部分だけを取り入れて、   そうでないものは、制限したり、   教訓に変えるなどの手を加えたり、(リフレーミング)   他に「意識」を飛ばしたり、(着ている服、おしゃれだなぁ)     とにかく、工夫しています。       ※「バイトテロのニュース」は、「私の活動の励み」にしました。  幸せな職場を作るために、私は今日も活動する!!       この鎖国       正月明けぐらいから初めて、最近馴れてきました。     心穏やかに、自分の人生を歩んでいます。       自分の心を侵す情報がないのですから。 (だから、田舎旅館とか寺とか落ち着くのかな?)         みなさんも、情報の制限してみませんか?     ちょっと、情報に疎くなりますが、そんなに自分の人生に困らないと思います。     「本当に必要なもの」は入ってくると思っています。           良いものを入力して、心穏やかに     入力しているものが、自分の思考を作っているのだと思います。     入力は大切だと思います     良いものを入力し、穏やかな人生を選択してみてください。
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幼児虐待について (Thu, 07 Feb 2019)
  子どもを虐待するケースが増えているそうです。     これは、一言でいうと     「親の未熟さ」だと思います。     親から、暴力で育った子は、 大人になって、生まれた我が子を 暴力で育ててしまうらしい。     育児のやり方を知らないから   違うやり方を知らないから 新しい育児を知らないから     自分がやられたことを、やってしまう(暴力の連鎖)     これは、どこかで止めなければならない。         そして、その育児に代わる「新しい育児」を勉強しなければならない。     私は、アドラー心理学の育児システムを推薦します。   これは、現代の全ての親が勉強した方がよい、現代の育児教育です。     親も、はじめての育児なんだから、勉強する。間違ったら、謝る。   親は、神ではないんだから。   この姿勢が子供とともに成長していく共育になるんだろう。       一生涯謙虚に勉強して行きます。
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子どものいない公園 (Wed, 06 Feb 2019)
  近所を、ゴミを拾いながら歩いていると(エコウォーク)     子どもがいないことに気がつく。         「あれ?この地域、子ども居なかったかな?」     そんなハズはない。       歩いていた時間は、夕方時。   家に帰るにはちょっと早いような、まだ明るかったように記憶している。       子どもが居ない。       外で遊んでいる子が、一人もいない。       公園にも、       声が聞こえない。       子どもはどこで遊んでいるんでしょう?       「家で勉強している?」(そんなわけがないw)         本当に子どもが、外で遊んでいる光景を見なくなった。   遊んでいる声を聞かなくなった。     外で遊ばなくなった子ども。           これは、「母親の信念」が影響していると学んだことを思い出した。   断って置きますが、一つの可能性です。     それは、   母親が「この世界(外)は危ない所だ」という信念を持っていると、     子どもに伝染るという。     子どもは、母親を通して「この世界はどういうものかを認識する」           子どもに対して、     母:   「車が来るから危ないよ」(外は、道路は)     「怪しい人について行ってはいけません」(道行く人は、危ない)     (この世界は、危険がいっぱい)     (この世の中は、危ないところだ)       色々、子どもを愛するが故に、   守ろうとした信念が、子どもに伝わった成果が「今の現状」だろう。       相手は、人間の初心者(子ども)だから、一部分しか伝わらないのよね。 (そして、よく間違って伝わる)       子:   「外は、危ない」     「外は、危険がいっぱいだ」     「外にいる人は、怖い人」           本当に外で子どもを見なくなったこの頃。   家でばかり遊んでいると、すくすく素直に育たないのではと思うのは私だけなのかな。     だからか、     たまに歩いている子どもを見かけ、   私が「こんにちは」って挨拶すると、ビックリしている。     変な信念が育っていなければ良いなぁと思う日々です。  
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この歳にして母から教わること (Tue, 05 Feb 2019)
      土曜日、母親(70)がコケて頭から血を流したそうだ。     近くにいた父親(72)がパニックになって、     急いで救急車を呼んで、市内の病院へ救急搬送。           私は、そんな矢先に電話を貰った。       私も慌てて、病院へ直行。           処置室の前では、父親が色々日頃の行いを悔やんでいる。   父:「お母さんは、もっと自分の体を大事にすれば、いいのに。私なんかのことより…」   私の心の声:『えーー、そんなにヤバイの?』           状況をよく知らない私は、ただただ祈るのみ。   (父親は頭から流れる血を見て、本当にパニックだったんだろう。…後でわかった)             そして、     「ご家族の方、どうぞ」     と通され中に入ってみると、         頭に大量のガーゼを当てられた母親が、     「どうも、ご迷惑おかけしました」 「どうも、ご迷惑おかけしました」     と、その場にいる先生や看護師さん達に平謝り。           いつもの低姿勢の母親だった。         安堵感と、母親のいつもの低姿勢ぶりに     思わず、ウルッと来そうになった。   (よかった)       そんな自分の怪我を後回しにして、 頭にネットと大量のガーゼを当てらてた姿で、   謝り続けている母を見ていると、     私も、いつまでも謙虚でいたいなぁと思った。           母の姿勢から   「何歳になっても謙虚さを忘れるな」と教わった気がした。
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立春 (Mon, 04 Feb 2019)
  今日は、「立春」   節目が変わりました。     昔の人は、節目、節目を大切にしたそうです。     私も、この節目を大切に、   昨日までと違った   新しい気持ちで望みたいと思います。     人を大切に、   もっと、愛情を注ぎたいとおもいました。   和顔愛語   を実践します。
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ある意味「これも信の力なのかなぁ」 (Sun, 03 Feb 2019)
    A君「私には、友達がいないんです」   って、私に言ったA君の影響で     最近のブログは書かれていて、     「信頼」だとか 「信用」だとか 「疑う」だとか 「誤った信念」だとか   色々書いて来ましたが。         「私には友達がいないんです」     の言葉の根っこ(信念・考え)     にあるのは、誤った(不都合・不適切な)信念を「信じる力」があるんでしょうね。   「私なんか…」   「どうせ、私なんて…」   「私には無理…」   「私みたいな人…」   を信じる力     育ってきた「環境」もあるけど、   A君は、「この誤った信念」を採用して、持ち続けた。       この考えがベストだと「信じて」     自分の身を守って来たのだろう。         私は、その信念に敬意を払いたいので、   「困っていたら」、お手伝いしたいと思っていますが、   「困っていなかったら」、お手伝いしないと思います。         私と、ご縁があったのなら、 (私に相談するということは)   「困っている」のかな?       だって、「自分」が、「変えたい」と思わなかったら、性格って「変わらない」でしょ。 (自分の意志でしか、性格は変わらないと思います。私は勇気づけるだけ)       今まで「信じてきたもの」が、立ち行かなくなり、   人はその殻(性格)を脱ぎ捨てて行くのかな。      
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夫婦は「信」のなせるワザ (Sat, 02 Feb 2019)
    夫婦は、「信頼」関係で成り立っているなぁ。     今朝、起きてからそんなことを思った。     もう半年で、10回目の結婚記念日を迎える。         「本当に、いつも仲が良いね」   とか、今だによく言われる。     「どうやってるの?」   とか、夫婦円満の秘訣を聞かれる。         何だろう?って思った時に、たどり着く答えは、     やはり、「信頼」関係にあるからだと思う。           私達に限らず、他の仲の良い夫婦も、信頼関係で成り立っているのではないだろうか。           結婚っていうのも、相手を「信じる」所から始まり、     夫婦は、「信頼関係の継続」で、維持される。       離婚などは、「信頼関係が崩れたこと」から起こる現象。         ここで、大切なのは、   「信頼」と「信用」は、全く別物だということ。       信頼は、相手が何をしていようとも、または何をしていなくとも「相手を信じる」 無条件の愛   信用は、相手が何かをしてくれた時に(条件をクリアした時に)、「相手を信じる」 条件付きの愛       信用はビジネス (信用金庫って言うじゃない) お金を借りるときも、「返せる見込みや担保を出すから」 →お金を貸してくれる。     信頼銀行っていうのが、あるのなら、 返せる見込みがなくても、お金を貸してくれる銀行だろうが… 私は見たことがない。         信用は、「誰にでもできる」 「あなたが、私のことを愛してくれるなら、私はあなたを愛しましょう。」       夫婦は、「信頼」関係であるのが望ましい。   ①夫婦が「信頼」関係であるからこそ、    ②後からやってきた子供が、「信頼」とはこういうことかを学ぶ   (子供は、親の「やっていること」を見て学ぶ。   口では、友達を「信じなさい」と言っても、親の「やっていること」を見てる)   ③信頼家族になる。     信頼は、「家庭でしか学ぶことはできない」       家庭で学べなかったら、「相手を信じる」が欠けた大人に成長して行くだろう。       周りの人(友達、先生、親)を疑う子供、   「私は、友達(信じる相手)がいないんです」と言う子供、     人間の「サバイバルする力」が弱くなっていく         さぁ、「信」の大切さに気がついたなら、     自分のできることを実践して行きましょう。     例えば、「相手が返事を返さなくても」自ら挨拶をする。      (相手が挨拶するなら、私も挨拶しよう=信用)         追記 書き出してみて、改めて「信じる力」の大切さに気が付きました。      今、弱くなりつつある力だと思います。     良いなぁと思った考えがあったら、勝手に引用したり、ご自身のブログのネタにどうぞ。     文章能力が個性的なので、どうぞご自身の言葉で伝えてみてください。(口頭・SNS)     私の考えのベースには「アドラー心理学」が入っています。ご興味あれば。
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誤った信念・陥りやすい落とし穴思考 (Fri, 01 Feb 2019)
    人と話をしていると、   よく気がつくのが、     0か100か思考   有りか無しかの二択思考   全か無かの二択     どういうセリフかと言うと、     「会話が無いですね」(有るか・無いか)   とか   「モテないんです」(モテるか・モテないか)     他にも、代表的なので 「仲が悪いんです」(良いか・悪いか) まあ他には   「好きか・嫌いか」       こういうのを二分論理っていうらしいが、名称が大切と言うより、   そういう思考に陥っていることに、気づくのが「非常に重要」         自分のやっていることに、   陥っている思考に     気がついていれば 「修正できる」が、           だいだい、落ちちゃっていることに気づいてない。     落とし穴に。       そこで(落ちている所で)考えていても、いいアイデアは出てこない。         気がついた私が、教えてあげる。         「どれぐらい、ありますか?」   「何点ぐらい、ありそうですか?」     例え、限りなく0(ゼロ)かもしれないが、     「ゼロではない!」     絶対に!!!     それを、本気で信じているから (本気の信頼)     クライアントさんは、探そうとする。 (圧倒されて?)       ね、ゼロでは無かったでしょ。 (絶対に見つかる突破口)       じゃ、どうやったら増やせるか、一緒に考えようか。   これも信のなせるワザ
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