私の思っていることが、赤裸々に書いてあります。

アメブロ 「みらいふコーチング」より 抜粋

これは、『勇気くじきの社会をなくしたい』 私の挑戦物語(仮)

学校の役目 親の役目  (木, 16 5月 2019)
  「親の力」というものが衰弱して来ているように感じる。   一昔前は、父親は外で仕事をして、母親が子育てをしていたのかな?   そして、「家庭のことなら、奥さんを責めたり…」(←これは、よくない)       私は、「母の力」は偉大だと思っている。   そもそも、結婚は一族の発展のためという意味もあっただろう。   そう考えると、「母の力」「女性の力」は偉大だ。   心から尊敬します。           これは、過去の話になりつつある。   今、現状を見ると、「女性も外に働きに出るようになった」       ん、子育ては?   ん? 学校任せ?     学校は、子育てをするところでは無いと私は思う。   そもそも、学校の役目は「読み、書き、そろばん」であって、   それ以上は望めない。     それ以上を望んじゃいけないように思う。     「学校は学校の役目を果たし」 「親は親の役目を果たそう」       親が親の役目を果たすことが、一族の繁栄につながるように思う。
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新時代への「引っ越し」 (Wed, 01 May 2019)
  初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ   何事をするにもよい月、めでたい月   一人ひとりが明日への希望とともに、 それぞれの花を大きく咲かせることができる…日本     新しい時代の幕明けを、心よりお喜び申し上げます。     素晴らしい時代になりました。 人が大きな花を咲かせることができる時代です。     その最大の要因は「貢献感」。     自分は、「誰かの役に立つことができる」と感じれると、   自尊心や自己肯定感・自信を持つことができます。       「すいません」「申し訳ない」(謝罪)ではなく、「ありがとう」(感謝)を伝える。     感謝によって芽生えた貢献感が、その人の勇気となり、大輪を咲かせようとする。     令和元年 五月一日             貢献感が、感じにくい世の中になっているなぁと感じています。     不適切な動画、バイトテロ…の根幹には、「貢献感が、感じられない」が潜んでいます。       会社側に聞くと、「こっちは、給料をやっているんだから…」と言う人がいますが、     給料だけじゃ、駄目なんです。       「今日も、来てくれてありがとうね」   「手伝ってくれて、ありがとうね」   「〇〇してくれて、ありがとうね」   と、ありがとうを伝える。   これだけ   そう、たったこれだけなんですが、     たったこれだけが言えない。     それで、人間関係で苦労をしている企業がたくさんあります。   たったこれだけが言えなくて、   苦労をしている家庭がたくさんあります。     令和時代は、もうやめましょう。     こんなことで苦労をするのは。     新しい時代になったんだから、     新しい時代に引き継ぎたいものだけ、持って行く。     引っ越しと同じです。   いるもの、欲しいものを持って行く。     あなたは、新しい新居に何を持って行きたいと思っていますか?   何を望みますか?     どんなふうになったら良いと思いますか?
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胸に秘めた理想 (Wed, 17 Apr 2019)
  みんな(誰しもが)、 「こうなったらいいな」って理想(目標)が、胸の中にあって     それが、上手くいかない時があって、歯がゆくなる。   理想を忘れたり、目の前の出来事に振り回されたりして、自分を見失う。     自分の理想(目標)を忘れないためにも、   再確認するためにも、   思い出すためにも、   具現化するためにも、     「誰かと、話をすることが大切」で、     「誰かに、聴いてもらうことが大切」で、     「聴いてもらったら、今度は私が誰かの話を聴いてあげることが大切」で、     そうやって、持ちつ持たれつが大切。     あなたがいるおかげで、私の理想が思い出せた。     あなたがいるおかげで、私の目標が確認できた。     あなたがいるお陰様で       そうやって、私達人間は、助け合って生きている。     一人の力は弱くて、     できることは限られる。     私達は助け合って暮らしている。       それぞれが、それぞれの理想を胸に秘め、     「よりよい日常を築いていきたい」と思っている。       それぞれが、   それぞれの理想を胸に秘め           今日も、精一杯…          
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家に帰ると (Fri, 01 Mar 2019)
家に帰ると、   私のセミナーを受講してくださった方からの葉書が届いていた。       「セミナーを聞かせて頂いた日に、家族と   『今日、こんなセミナーを聞かせて頂いたよ』って話をし、   『今日から、家でも〇〇しよう!』と相談しました。」       家族ぐるみでシェアして頂き、   更に、   家族ぐるみで行動目標を決められる。       素晴らしいなぁ…   って嬉しくなりました。         私の与えた「きっかけ」が、     色々な人に「影響」を起こす。   嬉しいですね。         その善き行動が、善い波動となって、ますます善いことが起こりますように。     ありがとうございます。  
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会話に含まれる「価値観」 (Wed, 13 Feb 2019)
  先日、服屋さんでジャケットを購入。   接客してくれたお兄さんの、腕時計が素敵だったので、   「素敵な腕時計ですね」と声をかけた。     そしたら、   「高くないですよ」と返ってきた。     会話は面白いなぁとつくづく思う。       私は、「金額」より、     その人の個性が表れている時計だったので、(ちょっと独特な時計)     素敵な個性だなぁと   素敵なチョイスだなぁと   思ったんだけど、     「高くないですよ」が返ってきた。       これは、   私が興味を示したから、   誰でも購入できますよ。と推薦してくれているのか?     相手の謙遜なのか?     何なのか?     面白いなぁと思っていた。  
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動物と人間の心 (Sat, 09 Feb 2019)
    私達人間も、「肉体」っていうものがあり、   その「肉体」に、「人間の魂」が入っているから、   「人間」と呼ばれるものになっているんだろう。     肉体だけを見ていると、   犬や猫、たぬきやイノシシ、その他の動物と何ら大差はないように思える。         例えば、人間と近い二足歩行で「サルの肉体」に、   「人間の魂」が入っていて(①)、     代わりに     「ニンゲンの肉体」に、   「サルの魂」が入っていたら(②)、     逆の立場だったろう。       猿(①)が、「あれは、ニンゲンという生き物(②)よ」って、言っていただろう。           ちょっと、言いたいことが脱線しそうなので、修正しますが、 (無理やり、まとめに向かいます)       私が言いたいのは、     折角、「人間の魂」を貰ったんだから、(万物の霊長としての魂)   心や魂を磨きながら、崇高に生きたいな。     と、いう私の思惑。       動物みたいに、「快」や「不快」を行動基準にしたくないな。       みんなにとって、どうなのか?   100年後の未来にとて、どうなのか?     って、いう「人間だけに与えられた魂や心」で考えたいな。 (←動物は考えないでしょう)     って、いうこと。         もちろん、この問いは       私がこの魂を貰っている限りずっと続きます。         常に、人間らしく生きたいなと思った今朝です。
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入力は大切 (Fri, 08 Feb 2019)
  (今日も、社会的な出来事を見て)       「バイトテロ」があるんですね。     ある寿司チェーンの様子でした。       そう言えば、少し昔にも似たようなことがありましたね。       こういうのを見ていると、     「残念な気持ち」になりました。         でも、最近は、「入力制限」をしているんです。       これを、悪い言い方をすると、         「見ないようにしている」   「目を伏せている」     なんですが…、         何でもかんでも広まる情報化社会で、   全ての情報をキャッチしていると、   流されてしまうと思うんです。 翻弄されてしまう。       自分自身、鬱々としてしまうような気がするんです。       良い情報ばかり、ニュースで流れていたら、まだ良いですけど。     なんか、悪いニュースの比率が多くないですか?     そんな情報を見ていたら、   「心が侵されていること」に気がついたんです。       こりゃ、いかん!   いかんぜよ。       TV(情報の波)は、禁止じゃ!!!       ということで、私は情報の鎖国中です。笑     それでも、外側の情報は入って来ますが。 (妻が見るから(笑))     自分の心の中で「入国審査」をしています。           自分の大切にしたい部分だけを取り入れて、   そうでないものは、制限したり、   教訓に変えるなどの手を加えたり、(リフレーミング)   他に「意識」を飛ばしたり、(着ている服、おしゃれだなぁ)     とにかく、工夫しています。       ※「バイトテロのニュース」は、「私の活動の励み」にしました。  幸せな職場を作るために、私は今日も活動する!!       この鎖国       正月明けぐらいから初めて、最近馴れてきました。     心穏やかに、自分の人生を歩んでいます。       自分の心を侵す情報がないのですから。 (だから、田舎旅館とか寺とか落ち着くのかな?)         みなさんも、情報の制限してみませんか?     ちょっと、情報に疎くなりますが、そんなに自分の人生に困らないと思います。     「本当に必要なもの」は入ってくると思っています。           良いものを入力して、心穏やかに     入力しているものが、自分の思考を作っているのだと思います。     入力は大切だと思います     良いものを入力し、穏やかな人生を選択してみてください。
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幼児虐待について (Thu, 07 Feb 2019)
  子どもを虐待するケースが増えているそうです。     これは、一言でいうと     「親の未熟さ」だと思います。     親から、暴力で育った子は、 大人になって、生まれた我が子を 暴力で育ててしまうらしい。     育児のやり方を知らないから   違うやり方を知らないから 新しい育児を知らないから     自分がやられたことを、やってしまう(暴力の連鎖)     これは、どこかで止めなければならない。         そして、その育児に代わる「新しい育児」を勉強しなければならない。     私は、アドラー心理学の育児システムを推薦します。   これは、現代の全ての親が勉強した方がよい、現代の育児教育です。     親も、はじめての育児なんだから、勉強する。間違ったら、謝る。   親は、神ではないんだから。   この姿勢が子供とともに成長していく共育になるんだろう。       一生涯謙虚に勉強して行きます。
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子どものいない公園 (Wed, 06 Feb 2019)
  近所を、ゴミを拾いながら歩いていると(エコウォーク)     子どもがいないことに気がつく。         「あれ?この地域、子ども居なかったかな?」     そんなハズはない。       歩いていた時間は、夕方時。   家に帰るにはちょっと早いような、まだ明るかったように記憶している。       子どもが居ない。       外で遊んでいる子が、一人もいない。       公園にも、       声が聞こえない。       子どもはどこで遊んでいるんでしょう?       「家で勉強している?」(そんなわけがないw)         本当に子どもが、外で遊んでいる光景を見なくなった。   遊んでいる声を聞かなくなった。     外で遊ばなくなった子ども。           これは、「母親の信念」が影響していると学んだことを思い出した。   断って置きますが、一つの可能性です。     それは、   母親が「この世界(外)は危ない所だ」という信念を持っていると、     子どもに伝染るという。     子どもは、母親を通して「この世界はどういうものかを認識する」           子どもに対して、     母:   「車が来るから危ないよ」(外は、道路は)     「怪しい人について行ってはいけません」(道行く人は、危ない)     (この世界は、危険がいっぱい)     (この世の中は、危ないところだ)       色々、子どもを愛するが故に、   守ろうとした信念が、子どもに伝わった成果が「今の現状」だろう。       相手は、人間の初心者(子ども)だから、一部分しか伝わらないのよね。 (そして、よく間違って伝わる)       子:   「外は、危ない」     「外は、危険がいっぱいだ」     「外にいる人は、怖い人」           本当に外で子どもを見なくなったこの頃。   家でばかり遊んでいると、すくすく素直に育たないのではと思うのは私だけなのかな。     だからか、     たまに歩いている子どもを見かけ、   私が「こんにちは」って挨拶すると、ビックリしている。     変な信念が育っていなければ良いなぁと思う日々です。  
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この歳にして母から教わること (Tue, 05 Feb 2019)
      土曜日、母親(70)がコケて頭から血を流したそうだ。     近くにいた父親(72)がパニックになって、     急いで救急車を呼んで、市内の病院へ救急搬送。           私は、そんな矢先に電話を貰った。       私も慌てて、病院へ直行。           処置室の前では、父親が色々日頃の行いを悔やんでいる。   父:「お母さんは、もっと自分の体を大事にすれば、いいのに。私なんかのことより…」   私の心の声:『えーー、そんなにヤバイの?』           状況をよく知らない私は、ただただ祈るのみ。   (父親は頭から流れる血を見て、本当にパニックだったんだろう。…後でわかった)             そして、     「ご家族の方、どうぞ」     と通され中に入ってみると、         頭に大量のガーゼを当てられた母親が、     「どうも、ご迷惑おかけしました」 「どうも、ご迷惑おかけしました」     と、その場にいる先生や看護師さん達に平謝り。           いつもの低姿勢の母親だった。         安堵感と、母親のいつもの低姿勢ぶりに     思わず、ウルッと来そうになった。   (よかった)       そんな自分の怪我を後回しにして、 頭にネットと大量のガーゼを当てらてた姿で、   謝り続けている母を見ていると、     私も、いつまでも謙虚でいたいなぁと思った。           母の姿勢から   「何歳になっても謙虚さを忘れるな」と教わった気がした。
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